チャーチル研究!英国人が選ぶ最も偉大なイギリス人

イギリス暮らしの知っとこう
Photo on Visualhunt

 

イギリスからこんにちは。歴女のアルノです。

さて、「100名の最も偉大な英国人100 Greatest Britons」を知っていますか?

これは、2002年のBBCのTV番組内で、イギリス大衆の投票によって決められた「歴史上最も偉大な英国人」100名のことです。

最近の話題ではないものの、ワタシ的にはかなり興味があります!

今回は、偉大な英国人100名中、歴史上最も偉大な人物に輝いたウィンストン・チャーチルについて紹介します。

英国人が選んだ最も偉大な人物、チャーチルとはどんな人だったのか?

チャーチルという人の紹介と、彼にゆかりのある場所を訪れるロンドン旅もっと知りたい人のためのチャーチル関連本を紹介します。

チャーチルを訪ねる旅は、小学校中学年以上のお子さん連れならなおのこと、第二次世界大戦の時代に興味を持つきっかけとなる旅になるでしょう。

英国人が最も尊敬するイギリスの英雄、ウィンストン・チャーチルをたずねるロンドン旅。
あなたも旅の計画に加えてみませんか?

最も偉大な英国人、ウィンストン・チャーチルとは?

 

英国最高の首相といわれるチャーチルが、イギリス人が選ぶ偉大な英国人の堂々の第一位です。名前は多くの人が知っているでしょう。どんな人だったのでしょう?

■名前 Sir Winston Churchill(1874年 – 1965年・90歳で他界)

■得票数:456,498 得票 (28.1%の得票率)

■肩書: 政治家、軍人、作家、風景画家、第二次世界大戦時の英国首相

■名言
Success is not final, failure is not fatal: it is the courage to continue that counts.
(成功が終わりではなく、失敗は致命的ではない。大切なのは続ける勇気だ。)

We shall fight on the beaches, we shall fight on the landing grounds, we shall fight on the fields… we shall never surrender.
(我々は海岸で戦うだろう、水際でも戦うだろう、街で、丘で、戦うだろう。…我々は、決して降伏しない)

上記は、1940年6月、第2次世界大戦中、フランスが降伏しヨーロッパ諸国がドイツに占領されイギリスが孤立していた中での演説での言葉。「絶対に降伏しない」それがチャーチルでした。

■その生涯
・父ランドルフ・チャーチル卿は、貴族出身の保守党庶民院の政治家、母ジャネットは、アメリカ人大富豪の娘

・体は病弱で、学校(ハーロー校)の成績は非常に悪かった

・陸軍軍人となり、インド派遣、参戦のたびに執筆活動をするようになる

・1900年に26歳にして保守党、庶民院議員に初当選する

・1914年にはじまった第一次世界大戦ではアスキス内閣で内務大臣、海軍大臣、ガリポリの戦いで罷免後はロイド・ジョージ内閣下、軍需大臣をつとめる

・1915年ガリポリの戦いThe Gallipoli Campaign)第一次世界大戦中、連合軍がオスマン帝国の首都イスタンブール進撃のため、ガリポリ半島(現・トルコ領ゲリボル半島)に対して行った大規模な上陸作戦。チャーチルの主唱で行われたが、失敗に終わる。連合軍は 25万 2000人の戦死傷者を出しイギリスの海相だったチャーチルは辞職を余儀なくされた。多くの兵士の命を奪ったこの戦略は、現代英国人からも多くの戦士の命を奪った間違った戦略だったと批判されてます。

・1939年に第二次世界大戦が勃発し、1940年5月10日にチャーチルが首相に就任。時にチャーチル65歳、対してヒトラー51歳。

・1941年に米国とソ連が連合国側として戦争に参戦、1943年、英首相チャーチル(当時69歳)、米大統領ルーズベルト、スターリンの3巨頭によるテヘラン会議が実現、ノルマンディー上陸作戦が成功する

・1945年にドイツが無条件降伏し、第二次世界大戦は終息へと向かう。

・大戦後は政権を失うものの、1951年にふたたび政権奪回し首相を務め(当時77歳)、戦後の国際政治においても重要な役割を果たす。

・1953年には女王よりガーター勲章を授与され、以降「サー・ウィンストン・チャーチル」と呼ばれるようになる。

・第二次世界大戦後に『第二次世界大戦(全6巻)』を執筆、この本が大ベストセラーとなり、1953年にノーベル文学賞を受賞。

・1955年に引退し、1965年1月24日 90歳で人生を終える。

 

ウィンストン・チャーチルという人は、とにかく失脚、執筆活動、再起をくりかえしている政治家で、じっとしている人生の期間がみあたらないほど行動力の持ち主。挫折あれどかならず立ち上がる不屈の精神を持っていた人だったようです。戦後、イギリス国民の反日感情増大の沈静化にも勤めました。

こちらの記事も面白い!おすすめです。
▶▶▶「イギリス人は日本人をどう思っているのか?14項目でわかったこと

 

イギリス5ポンド札

 

■逸話の数々
ホワイトハウスのチャーチルの胸像

2001年に英国のトニー・ブレア元首相から米国大統領となったジョージ・ブッシュ氏に贈られました。約8年後の2009年、バラク・オバマ大統領が誕生すると、この像は大統領執務室から撤去され、当時は物議をかもしました。それを象徴するかのように米英間も冷却状態に。、、、そして時代は流れ、ドナルド・トランプ大統領が誕生。トランプ大統領は、チャーチル像を大統領執務室に戻し、イギリスとの連携を強める意向を示しました。

5£札の肖像

イギリスの5ポンド札を手にしたら、じっと眺めてみてください。2016年から発行されているプラスティック製の5ポンド札は、表面にエリザベス2世、裏にチャーチルの肖像が使用されています。さらによーく見てみてください。英国会議事堂や、チャーチルが受賞したノーベル文学賞のメダルも描かれています。イングランド銀行マーヴィン・キング元総裁は、「チャーチルの指導力は、我々が今日享受する自由が生きるための手助けをした」とチャーチル像採用の理由を述べた。

・ チャーチルが趣味で描いていた風景画、現代では数百万ポンドの値がつく

Vサインは、チャーチルが流行らせた。バトル・オブ・ブリテン時の激しい空襲をうけるイギリスで、チャーチルは爆撃を受けた町を視察して回り、そこで葉巻をくわえながら勝利(Victory・ビクトリー)を意味したVサインをする。やがてVサインは彼のトレードマークとなった。

・チャーチルはしばしば「戦車の父」と呼ばれる。理由は、第一次世界大戦下で軍需大臣となったチャーチルが塹壕を突破するための新兵器として「戦車」を開発し、実践に導入した。

・1946年、ウェストミンスター大学で歴史に残る「鉄のカーテン」演説を行った。この演説は、その後のアメリカとソビエトの冷戦を予言する発言だったと受け止められている。

 

・父母は、1894年(明治27年)に日本を旅行していて、母からの手紙の中に日本の写真が同封されている(これが父ランドルフ卿の最後の写真となった)

 

チャーチルをたずねるロンドン旅 のすすめ

 

1、チャーチル博物館・内閣戦時執務室

 

チャーチルという人物、第二次世界大戦前後の歴史に興味があれば、ぜひ訪れてほしいのがこの博物館。
ロンドンにあるチャーチルに関する戦争博物館です。

内閣戦時執務室(Cabinet War Room)は、第2次世界大戦中に戦争遂行の指揮統制のために設けた地下複合施設。ウェストミンスターのイギリス大蔵省庁舎の地下に設けられ、1945年8月の日本降伏後に閉鎖されたものを現在一般公開している。

ナチスの空爆を避けながら指揮をとった戦時の様子を知ることのできる重要な歴史の遺産として、また、チャーチルの90年にわたる生涯と彼の行動をたどることができる博物館として、訪れる人は後を立たない。

チャーチル博物館・内閣戦時執務室(Churchill Museum and Cabinet War Room)

場所:Churchill War Rooms、Clive Steps、King Charles Street,London SW1A 2AQ
最寄り駅: St James’s Park、Westminster
開館時間: 7月ー8月 
9.30am – 7pm( last admission 5.45pm)、9月ー6月 9.30am – 6pm( last admission 5pm)サイト要チェック

公式サイト:

https://www.iwm.org.uk/visits/churchill-war-rooms

2、チャーチル像

チャーチルの有名な銅像は、イギリス国会議事堂、ウェストミンスター大寺院のあるパーラメント・スクェアガーデン(Parliament Square Garden)の一角にあります。

この一角を通った際には、ぜひ彼の像をみあげてみてください。英国人が選んだ歴史上最も偉大なイギリス人、ウィンストン・チャーチルの姿がそこにあります。

ウィンストン チャーチル像 (Winston Churchill Statue)
記念碑。猫背で太めだったといわれるチャーチルの哀愁ただよう像
場所: Parliament Square, London, W1P 3AE

3、チャーチルとルーズベルトのベンチ像

また、ロンドンのブランドショップが並ぶショッピングストリート、ボンドストリートの途中に、ルーズベルトとチャーチルがベンチに座って話している像があります。
ショッピングのついでにぜひ、二人の像をながめてみてください。

ルーズベルトとチャーチルの像(Franklin D. Roosevelt and Winston Churchill)

真ん中に一緒にすわることもできます。ベンチに二人が並んで話している様子の像。
チャーチル愛用の葉巻に注目。
場所: New Bond Street
, London, England

 

4.チャーチル・アームズ(パブ)

1750年にオープンした、ロンドで歴史の長い有名パブのひとつ。
チャーチルの祖父母がよく通っていたことに由来し、第二次世界大戦後にこの名前がつけられたそう。

店内に入れば、アンティークでいっぱい!国旗やランプなどごっちゃり、もちろんチャーチルの写真やコレクションも所狭しと飾られている。外観が花で美しく飾られ、インスタ映えする場所としても有名。タイ料理をロンドンではじめて出したお店でもあります。チャーチル以外にもいろいろ攻めてるパブで興味深い!

 

The Churchill Arms(チャーチル・アームズ)

場所:The Churchill Arms, 119 Kensington Church Street, London, W8 7LN
最寄り駅: Notting Hill

The Churchill Arms - Fuller's Pub and Restaurant London
Visit The Churchill Arms in London, home of outstanding beer & cider, great wines, mouth-watering fresh food and exceptional service.

 

チャーチルをもっと知りたい!おすすめの本と映画!

 

■「第二次世界大戦」
戦争中に指揮しながら、起こったことを些細に書き留めているチャーチルって一体何者!?
登場人物も、歴史の教科書で習った歴史上の重要人物、例えば米国大統領のルーズベルト、ソ連首相スターリン、ナチス・ドイツのヒトラー、英国将軍達が登場します。チャーチル目線で第二次世界大戦が何であったのか知ることのできる唯一無二の貴重な本。
日本語訳の本もありますが、友人から訳文が読みにくいと注意されました。どうせなら原文(英語)で!

■「チャーチルーイギリス現代史を転換させた一人の政治家」
この本は、チャーチルを賛美するものでも酷評するものでもなく、チャーチルの伝記としてバランスのとれた一冊。

■映画「ウィンストン・チャーチルーヒトラーから世界を救った男」
アカデミー賞受賞していますね。映像や美術が秀逸。
そして、賛否両論あれどチャーチルを知るには一度観るべき映画だろうと感じました。

 

 

まとめ

 

調べれば調べるほど興味深いチャーチルの人生です。

【チャーチルは第二次世界大戦の英雄】というのが表向きの評価ですが、帝国主義者でもあり、多くの兵士の命を奪う不合理な戦略は「戦争屋」と問題視されていました。さらに第二次世界大戦で独裁的な手腕でイギリスを勝利へと導きます。

日本への原爆投下、さらに現在のISをはじめとした中東問題はチャーチルに端を発しているという負の部分も指摘されています。

イギリス国民は、第二次世界大戦というイギリス最大の危機に対してチャーチルをリーダーに選びます。しかし、平和な世の中であれば、望まれることのなかった首相でしょう。実際に戦後は首相から退陣、イギリスの国民性も興味深い。

チャーチルは、『世界の企業経営者が最も尊敬するリーダーランキング』でも常に上位ランキング。そのリーダーシップが高く評価されています。

 

これだけは言えます。

 

あの時代のイギリスにチャーチルという首相が現れなかったとしたら、現代のヨーロッパ、世界の情勢はまったく違ったものになっていたはずです。

私もまだ行ったことがないチャーチル博物館、次のロンドン旅では必ず行きたい場所です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

コメント