【リメンバランスデー】知っておきたい8つのこと!11月の赤いポピー

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11月、イギリスには赤いポピーの花飾りがあちこちに出没します。

イギリスにおいて重要な記念日、「リメンバランスデー」。
第一次世界大戦の終戦日に戦没者を追悼する日です。

この赤いポピーの花飾り、10月末から11月にかけてイギリスへ旅行する人は必ず見かけます。

イギリス在住者にとっては、一年に一度戦争や愛国心について思いを馳せる日です。

今回は、赤いポピーに象徴されるイギリスの終戦記念日、「リメンバランスデー」について、知っておきたい8つの知識を紹介します。

1.リメンバランスデーとは?

 

1918年11月11日の第一次世界大戦の戦没者追悼記念日、それがリメンバランス・デー(Remembrance Day)、またはポピー・デー(Poppy Day)です。

戦争は、1918年11月11日の11時に終結しました。(連合国とドイツが停戦協定を締結)

イギリスの植民地国、例えばオーストラリア・カナダ・ニュージーランド・南アフリカ等の国々も同じようにリメンバランスデーに追悼し、その他アメリカやフランス、ドイツなどの欧州各国もこの日に追悼式をおこなっています。

もともとは第一次世界大戦での戦没者を追悼する日でしたが、今日では第一次世界大戦以降のすべての紛争にたいして平和を祈り、戦没者たちを哀悼する考えが広まっています。

2.リメンバランス・サンデーとは?

 

11月の第2周目の日曜日に行われる追悼儀式をさします。

英国各地では、慰霊碑への献花などの追悼儀式、教会での追悼式典があります。

ロンドンでは、
ホワイトホールの戦死者慰霊碑前で英王室、首相や軍の代表者などが出席した戦死者の追悼儀式が行われます。ロンドン塔もポピーで埋め尽くされ真っ赤に!

午前11時に2分間の黙とう、その後、エリザベス女王を筆頭に出席者らが慰霊碑の前に花輪を捧げます。

2018年の記念式典は、終戦100週年を記念して盛大な催しが開催されます。

3.ポピーの由来

 

 

11月11日が近づくと、イギリスには赤いポピー(ケシ)の花飾りがあちこちに出没します。

街では、道行く人々の胸元、車、ペットの犬の首輪、こどもの学校のバック、慰霊碑の前に、、さらに英国王室メンバー、首相、ニュースキャスター、サッカー選手、、、、様々な場面で赤いポピーの花飾りを見かけるようになります。

 

このポピーの由来となったのが、1915年にイギリスの雑誌「パンチ」に掲載された「フランダースの野に((In Flanders Fields)」という詩。

カナダ人の医師で従軍し中尉でもあったジョン・マクレー(医師・兵士・詩人)による戦争詩。

この詩は、彼がカナダ遠征軍としてベルギー西部のフランダース地方のイープル第2戦で戦った際に 戦士した友人を追悼して書かれたと言われています。(死者の目線で描かれています。)

それは、ドイツによる最初の化学兵器(毒ガス)が大量使用され多くの死者がでた戦闘でもありました。

戦争が終わり、荒れ果てたフランダースの地に一面に咲いたのが、ポピーの花だったのだそうです。

この詩によって、ポピーの赤い色が戦争で流出した血の象徴となりました。また、詩が発表されてから、またたくまに欧州諸国で人気となり、ポピーを記念日に身につける習慣がうまれました。

正式な場でのポピーは1921年の記念式典。最初は本物のポピーを着用したといいます。

 

4.チャリティとしてのポピー

 

1921年、退役軍人の生活保護を目的とした英国退役軍人・戦没者福祉団体(The Royal British Legion)が発足。

第一次世界大戦以降に英国軍が関わった全ての戦争、紛争における犠牲者やその家族、また退役軍人を支援する目的で、ポピー・アピール(poppy appeal)と呼ばれるチャリティ活動が発足しました。

寄付をすると紙で作られたポピーの花飾りがもらえるチャリティ、またはバッチやキーホルダー、服などのグッズを購入するチャリティをよく見かけます。

 

 

5.ポピーの花飾り いろいろ

①赤いポピー(RED POPPY)

赤いポピーは、戦闘で命を落とした兵士たちを象徴しています。

第一次世界大戦で戦った人々のシンボルとして採用されたのをはじめとし、1921年にアメリカ軍団によって導入され、イギリス、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドの国で使用されています。

②白いポピー(wHITE POPPY)

平和主義の象徴として、白いポピーを付ける人も近年増えています。

白いポピーには、敵軍や民間人を含めたすべての戦争の被害者を追悼し、世界中のすべての戦争の終結を望む平和の思いが込められているといいます。

1933年にCo-operative Women’s Guild(女性ギルド協同組合 )によって作られ、その後Peace Pledge Union(PPU)が反戦と平和主義の象徴として取り扱うようになりました。

赤いポピーは「英国軍とその同盟国だけを象徴している」として赤いポピーを拒否している人、赤と白の両方を付ける人、、、人の考えの数だけ様々ですね。

③紫のポピー(PURPLE POPPY)

戦闘で命をおとした動物たちを象徴しています。

第一次世界大戦では約800万頭の馬が殺害されたといいます。デボンからも多くの馬が戦闘用に献上されたとのこと。

紫のポピー(パープル・ポピー・キャンペーン)は、慈善団体Murphy’s Armyのウェブサイトで購入できます。

④黒いポピー(Black Poppy)

黒いポピー(ブラック・ポピー)は、戦争に従軍した、アフリカ、西インド、カリブ人、アジアなど主に黒人・植民地諸国から集められた戦死者たちを追悼することを目的に2010年に設立されました。 

ブラック・ポピーBlack Poppy Roseのウェブサイトで販売されています。

 

6.ポピーの問題点

はじまりは赤いポピー、今では白いポピー、紫、黒のポピーとさまざまに支援団体がわかれ、人々のポピーに対する想いも複雑化しています。

●赤いポピーを拒否する人々の間には「現代で赤いポピーは政治的に使われるようになり、戦争を正当化するのを助長する」という意見があります。

●白いポピーが最初にはじまった1930年代には、それを身に着けた人々が批判の対象になり、なかには失業した人も。赤か白かのポピーの間で対立がうまれたのです。赤は白に、白は赤に対して「嫌悪感」がうまれ、社会的な問題に発展しています。

●赤いポピーの支持者は、白ポピーの寄付資金が赤ポピーの英国退役軍人のための資金に大きな影響をあたえる可能性があると危惧している者もいる。

北アイルランドの紛争時のイギリス軍による弾圧の記憶から 赤いポピーを拒否する北アイルランドのカトリック教徒がいます。

● 赤いポピーを身につけることを拒否したサッカーのマンチェスター・Uに所属するネマニャ・マティッチが批判をうけたことも問題になりました。

●ポピーを身につけることが「愛国心」を示すシンボル化してしまっている。(身につけないものは反愛国者というレッテル)

 

7.なぜ欧州では第一次世界大戦の追悼が第二次世界大戦より重要なのか?

これは、主に夫(フランス人)から聞いた理論です。

まず、第一次世界大戦は、「世界大戦」とはいいつつも、主な戦場はヨーロッパ内。既に広大な植民地を有するイギリスやフランスに対し、ドイツやイタリアが植民地再分割を求めて対立したヨーロッパ列強国間での戦争でした。

対して第二次世界大戦は、文字通り「世界大戦」。ヨーロッパのみならず、アジアも主戦場となり、アメリカも参戦しました。

第一次世界大戦ではヨーロッパ内で多くの民間人がまきこまれています。

戦地にはりめぐらされた塹壕にむけ 大砲や騎兵で攻撃をする 従来の戦闘方法に加え、「機関銃」による攻撃、さらにそれを防ぐための戦車毒ガスの使用。さらにスペイン風邪が猛威をふるい、ヨーロッパの国々と参戦した植民地諸国の人々に甚大な数の犠牲者がでたのです。

日本、イギリス、フランス、ドイツでの戦争での犠牲者数をみてみると。。

第一次世界大戦第二次世界大戦(民間人含む)
日本300人310万人
イギリス90万8000人38万人
フランス135万8000人60万人
ドイツ177万4000人689万人

(注:戦争犠牲者数は、おおよその数であり調査団体や調査時期によって数字が異なります)

イギリスやその他ヨーロッパでは、親族、親やこども、友人が亡くなるという痛ましい記憶が残っているのは第一次世界大戦です。

そして、戦争中の体験談は世代をこえて伝えられ、その犠牲者たちを「忘れない」という気持ちが強いのだ、と教えてもらいました。

 

8.日本の戦没者追悼日とは?

イギリスやヨーロッパが第一次世界大戦の終結の日を追悼日にしているのに対し、日本では第二次世界大戦の終戦日が追悼日になっています。

日本での戦争犠牲者は、第一次世界大戦が犠牲者数300人(上記表参照)であるのに対し、第二次世界大戦では軍人230万人、民間人80万人の約310万人という大量の犠牲者がでました。
日本において、親族、祖父母などが亡くなるというなまなましい記憶が残っているのは第二次世界大戦であり、今も戦争体験談が語り継がれています。

イギリスにいて「11月11日が戦没者追悼日だ」と言われても、ピンとこないわけです。

日本では、「全国戦没者追悼式」が毎年終戦日である8月15日に行われます。

追悼の対象は「第二次世界大戦で戦死した旧日本軍軍人・軍属約230万人」と、「空襲や原子爆弾投下等で死亡した一般市民約80万人」の、「日本人戦没者計約310万人」。

「靖国参拝」と呼ばれる靖国神社でおこなわれる追悼式は、「国に殉じた戦没者に感謝と平和の誓いをする」という認識と、日本の戦争行為についての歴史的認識、また損害を被った国々への配慮等といった観点から、政治家の参拝が問題視されています。(特に日本の左派や、中韓の二国において常に問題となる)

まとめ

 

イギリスのリメンバランスデー(第一次世界大戦の戦没者追悼日)について、今 知っておきたい8つのことをまとめました。

イギリスのリメンバランスデーをまとめるうちに、日本の靖国参拝についてもいろいろと考えさせられました。

わたしはリメンバランスデーの時期にポピーを見かけると、そわそわと気分が落ち着かない自分を発見します。現在では、第一次大戦のみならず第二次世界大戦を含めすべての紛争で命をおとした兵士を追悼する日になっています。第二次大戦では対戦国であり、多くのイギリス兵士たちの命を奪った日本人。それが私のそわそわ感を増長させている正体でした。

日本人のわたしが果たして赤いポピーをつけてよいものなのか?

この時期に常に考えることです。

ポピーは、戦没者を追悼し「あなたたちを忘れません」というメッセージがあります。
悲惨な戦争を忘れない、戦争で戦ったあなた達を忘れない、戦争に巻き込まれたすべてのものを忘れない、、、後世に語り継ぎ、忘れないことが重要なことなのだ、と個人的には思っています。

今まで身につけたことがない赤いポピーの飾り。
イギリスに住む日本人として、わたしなりに平和を願って身につけてみたいと思っています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。Byアルノ

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