イギリス人はフランス人をどう思っているのか?15項目でわかったこと

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イギリスからこんにちは。フランス人を夫にもつアルノです。

私の住むイギリス南西部では、フランス人と日本人のカップルはめったに見かけません。

イギリス人家族との初対面の挨拶や紹介の場で、夫がフランス人・妻が日本人だとわかると「・・・」空気が一瞬真っ白になるような、、、形容しがたい雰囲気が流れます。

日本人に対する独特の感情もあるでしょうが、今回はそちらは置いておき、フランス人とイギリス人との関係について考えてみたいと思います。

一般的に「イギリス人とフランス人は仲が悪い」とも言われています。(旦那様はイギリスが好きですけどね)

そこで、このなんともいえない場の雰囲気をわたしなりに解明するために、イギリス人がフランス人のことをどう思っているのかを調査してみました。

もちろんステレオタイプのものなので、個人的な違いはかなりあるはずです。
まぁ、わたしがずっと不思議に感じていたので調べてみたかったのです!

では、イギリス人はフランス人をどう思っているのか?15項目でわかったこと、調査結果の発表です。

イギリス人はフランス人をどう思っているのか?
15項目でわかったこと

1.1066年を忘れない(ノルマン・コンクエスト)

1066年はたいていのイギリス人が知っている特別な年号。

それはイギリスがフランスから侵略され、征服された屈辱の歴史を指します。

1066年フランスのノルマンディー公ギョーム2世が王位継承を主張してイングランドに侵入、当時のイングランド王だったアングロ=サクソン王朝ハロルドの軍を敗り、ヘイスティングズの戦い(Battle of Hastings勝利。
イギリス王ウィリアム1世(William I:征服王)として即位し、後1154年まで続くノルマン朝を創始しました。(ノルマン・コンクエスト:The Norman Conquestといいます)

ノルマン朝に始まるイギリスの歴代王朝はこの後、プランタジネット朝、ランカスター朝、ヨーク朝、チューダー朝、スチュアート朝、、と続きます。

これによりイングランドはノルマン人により支配されることとなり、言語もフランス語となります。フランス語統治は300年の長きに渡り、後の百年戦争につながっていきます。

このノルマン征服時代の足跡は、現在のイギリス各地に残されています。
中世の町並みが残るイギリス北西部の街、チェスター。この街をぐるりと囲むチェスター城壁はノルマン時代に完成。

このノルマン・コンクエストからフランスとの精神的な対立が始まっているようです。

2.ピースサインはダメ!(百年戦争)

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イギリスとフランスで絶対にしてはいけない行為、それは「ピースサイン」です。

これは、イギリスとフランスの間に起こった「百年戦争(1337年 – 1453年)」に由来します。百年戦争って何だっけ?とピンとこない人でもジャンヌ・ダルクの名前は知っているはず。

百年戦争は、フランスの王位継承をめぐるイングランドとフランスの戦い。
1339年のイングランドのエドワード3世による宣戦布告から、当初は優勢だったイングランド。しかしジャンヌダルクの登場でフランス軍は劣勢を巻き返し、1453年フランス側がボルドー奪回、それが事実上の戦争集結となりました。

この戦いでイングランド側ではロングボウ(長弓の一種)部隊が大活躍しました。フランスが使っていたクロスボウより威力が大きく、特に速射性に勝ったと言われます。
そこで、フランス軍は捕らえたイングランド兵士が再び弓を引けないように、人差指と中指を切り落としました。
このピースサインについては他にも起源説がありますが、現在主に伝わっているのは、イギリス人が敵国軍に対して「私にはまだ引き金を引く指がある、やっちまうぞ!」という侮辱や威嚇になる行為から現在も嫌われるサインのようです。

また、この百年戦争の戦いによる国境線の決定は、現在まで続いています。


3.植民地紛争と2つの世界大戦・・複雑な心境

第二次百年戦争(Second Hundred Years’ War)

第二次百年戦争(1689年ー1815年)は、英仏植民地戦争とも呼ばれ、主にアメリカ新大陸を中心とし、インドやアフリカに広がる植民地の争奪をめぐる戦いです。
そして、それに起因するアメリカの独立戦争、フランス革命、ナポレオン戦争を背景にイギリスとフランスとの間で繰り広げられた一連の戦争の総称。

この抗争は、1689年のフランスのルイ14世(太陽王)の侵略戦争の一つ「ファルツ継承戦争」にはじまりました。その後アメリカ新大陸を舞台とした「七年戦争(1754年-1763年)」でイギリスが勝利し、イギリスが北アメリカとインドの二大植民地を獲得します。

しかし、アメリカ独立戦争(1775-1783)が発生、フランスが介入しイギリスを敗ります。
さらに1789年にはフランス革命が発生し、国王ルイ16世が処刑され、後にナポレオンが登場。
1805年、ヨーロッパ大陸はフランスの皇帝ナポレオン率いるフランス帝国の支配下に置かれていました。海上の支配権を持っていたイギリスを支配するため、イギリス本土上陸を目指しトラファルガー海戦となります。しかしイギリスネルソン提督の活躍でナポレオンが敗北。フランスはその後、ナポレオン戦争における最大の戦闘「ライプツィヒの戦い」に敗れ、ナポレオンは退位(1815年)し、戦いは終結します。

この戦いでイギリスは勝利し、その後の大英帝国設立、産業革命へと繋がり「パクス・ブリタニカ」といわれるイギリス黄金期を築きあげます。

トラファルガーの海戦(英: Battle of Trafalgar

1805年10月21日に、スペインのトラファルガー岬の沖で行なわれたイギリスとフランス・スペイン連合艦隊の海戦。
ナポレオン戦争における最大の海戦で、ネルソン提督の活躍によりイギリスはこの海戦に勝利。ナポレオン1世のイギリス征服を阻止した。

しかし、海戦で勝利したものの、陸上においてはフランスがアウステルリッツの戦いで勝利する。

※ロンドン中心部に位置するトラファルガースクェア、そこにそびえ立つネルソン提督の記念柱。これを見る度にイギリス人はこの海戦を忘れないんだろうな、と思います。

第一次世界大戦(World War I)

1914年7月28日から1918年11月11日の4年3ヶ月にかけて戦われた世界大戦。
戦争は世界全ての経済大国を巻き込み、下記の2つの勢力に二分しました。

【連合国】
主にロシア帝国、フランスイギリス)←日本はコチラ側についた

【中央同盟国】
主にドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国)

1914年6月28日のオーストリア皇太子夫妻の暗殺がきっかけとなり、各ヨーロッパ諸国の状勢、政局が複雑に関係し、2つの陣営にわかれて開戦。

さらにヨーロッパの帝国主義列強国がアジア・アフリカに殖民地を持っていたことから、殖民地における情勢が複雑に関係し、西アジアにも戦争は拡大。

東アジアでは日本が日英同盟を理由に参戦。こうしてこの戦いは広がり、人類で最初の「世界戦争」となりました。

1917年のアメリカの参戦によって協商側(ロシア・フランス・イギリス)の勝利で終結。

戦争の結果、ドイツ、オーストリア=ハンガリー、オスマン、ロシアの4帝国が崩壊。交戦国であったフランス、ベルギーが多大な損害を受け、フランスでは死者だけで140万人もいたといいます。

第二次世界大戦(World War II)

第一次世界大戦からわずか18年後。ヨーロッパ、特にフランスでは第一次世界大戦による大量の若者の戦死、少子化により兵役適齢の人口は減少していました。
そこへ1939年から1945年までの6年間にかけて第二次世界大戦が始まりました。

戦争は全世界規模となり、下記の2つの勢力に二分。

■枢軸国陣営
ドイツ(ヒットラー)、日本、イタリア(ムッソリーニ)の日独伊三国同盟が中心■連合国陣営
イギリス、ソビエト連邦、アメリカ、中華民国などが中心

1939年9月、きっかけはドイツのアドルフ・ヒトラー率いるナチス党によるポーランド侵攻。当時ポーランドと同盟関係にあったイギリスとフランスがドイツに対し宣戦布告し開戦します。その後1941年12月、日本とイギリス、アメリカ、オランダが開戦、戦火は全世界に広がりました。

ドイツはポーランド占拠を実現。ソ連も東側からポーランドに攻め入り、東はソ連、西はドイツでポーランドを分断支配することになります。

1940年ドイツはデンマーク、ノルウェー、オランダ、ベルギーに侵攻。6月にはフランスをも降伏させるという快進撃を見せます。フランスを征服したことでイギリス本土への空爆が可能となり、ますますドイツが優位となります。

しかし、1941年これまで中立だったアメリカがイギリス等連合国側に支援を始めたことで、戦局が変化。

ドイツは、イギリスへ連日のように空爆するも、ドーバー海峡の制空権奪取は難しい。そこでソ連の石油資源に目をつけ1941年6月に、ソ連へ侵攻を開始(独ソ不可侵条約の一方的破棄)、、、しかしなかなか苦戦します。

ドイツと同盟関係だった日本では、1941年12月にハワイのパールハーバー(真珠湾)を攻撃。これにより、日本とアメリカは太平洋戦争に突入します。日本との同盟国であるドイツ、イタリアもアメリカに宣戦することになりました。

1942年のミッドウェー海戦で日本は航空母艦4隻とその艦載機多数を一挙に喪失し敗退、次いでサイパン、グァムを失い、日本の本土が空爆されるようになっていきます。

ドイツもソ連とのスターリングラードの戦いで敗れます。

イタリアも連合軍の上陸によりムッソリーニが失脚。1943年9月にイタリア無条件降伏。

1944年6月、連合国軍は歴史に名高いノルマンディー(フランス)上陸作戦を実行。ドイツはこれにより8月にパリ解放。追い込まれたヒトラーは自害し、1945年5月にドイツ無条件降伏。ドイツは東西に別れます。

1945年の8月、日本の長崎、広島に原子爆弾が落とされます。1939年9月2日日本は無条件降伏。これにより第二次世界大戦(太平洋戦争・大東亜戦争)は連合国側の勝利で終結しました。

【日本、イギリス、フランス各国の終戦記念日】

■日本:8月15日(玉音放送により、日本の降伏が国民に公表された日)
■イギリス:9月2日(Victory over Japan Day)
■フランス:9月2日(Fête de la victoire de 1945

まとめてみると・・

フランスとイギリスの第二次百年戦争から、第一次世界大戦、第二次世界大戦と続く紛争の中で、両国が互いに対する思いはますます複雑になっています。
さらにトラファルガー海戦敗退の様子や第一次、第二次フランス軍の様子から
フランスはすぐ降伏する】というステレオタイプができあがったようです。

また、第二次世界大戦でイギリス連合軍がドイツからフランスを助けてやったという自負がイギリス人にはある様で、現在のEUにおけるフランスとドイツの連携が「この恩知らず」という感情の発端になっているようです。

歴史の背景をよく紐解くと、フランスが一方的に弱腰だったわけでは決してありません。

また、第一次、第二次世界大戦では日本も当事国となり、現在まで続く反日感情に続きます。

4.アグレッシブ!乱暴な国民性

自分たちの国王をギロチンにかけた! イギリス王室を誇りに思い、エリザベス女王を愛してやまないイギリス国民には信じられません!

5.食べ物の奴隷でしょ

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これは、痛いところをつかれました!
食にうるさい日本人の私でさえそう感じます。

旦那様のフレンチ家族の例えですが、朝は近くのパン屋にバゲットを買いにいくことから始まります。遅めの長ーーーいランチ。ランチが遅くなったので夕食も遅くから始まります。アミューズ、アントレ、メイン、フロマージュ(チーズ)、デザート。お酒も料理の都度あうものに変えています。すごい。。私は食べることが大好きですが、メインの前に必ずお腹いっぱいになります。

息子にいたっては、イギリスでは20時就寝なのに、フランスでは20時にディナースタート。メインの前にウトウトし始めます。

一日中食べてばっかりやんけ!肉も乳製品も多いので胃がもたれる!

もちろんイギリス料理とくらべてしまうと、一日一品が素晴らしく美味しいんです。
しかし、フランスにいるとイギリスのワンプレートディナーが懐かしくなる、一日中食べてばかりは耐えられない。そんなこまった美食の国、フランスです。

6.美食!太陽!いつかフランスに住みたい!

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フランス産ワインはイギリスでも高級なイメージがあります。
チーズもフランス産なら安定して美味しい。みたいな。
たしかにワイン、チーズづくりへの情熱が半端ないフランス人。

一日のなかに四季があるといわれるほど天気がコロコロ代わり、雨が多く暗く沈んだ天候のイギリスに比べ、フランスの特に南西部の爽快な天候はすばらしい!
天気って本当に気持ちを左右します。

フランスの南西部には、かなりの数の英国人退職者が移住しています。老後を美味しい食べ物と天気のいいフランスで、と考えているイギリス人は多いのです。
というわけで、大人のフランス語レッスン受講者も増えているとの噂です。

7.信じられないものを食べる!

カエルにエスカルゴ、フォアグラ。。

動物愛護団体も多く、ベジタリアン、ヴィーガンも多いイギリス。
対して、肉食文化、美食文化のフランス。

イギリス人にとって、特にフォアグラの残酷性が許せません。
フォアグラは、アヒルやガチョウに強制的に餌を与え、肝臓を肥大させて作られます。これを「強制給餌(Force-feeding)」といい、非人道的であると考えられイギリスでは(多くのヨーロッパ諸国も)生産禁止されています。

日本のフグやクジラ、イルカ、納豆はフランス人にさえも「信じられないものを食べている」と思われています。

8.犬を飼っても糞の処理をしない

フランス人は、キャンキャンとうるさく鳴くプードル好き、しかも犬と散歩にでかけても糞の後処理をしない!
イギリス人には信じられない!私も信じられない!

フランス人がプードルを飼うというのは間違ったステレオタイプのようです。

でも、美しいパリの街角で犬の糞を踏んだ経験のある私は狼狽しました。なんでやねん。
イギリスで犬と散歩している人々の姿をよく見かけますが、主に公園や森でと決まった場所の場合が多く、公園内にも必ずペット用の糞ゴミ箱が設置してあります。

ペットを飼うマナーがよろしいのは断然イギリス人です。

9.イギリス人よりロマンティック

データーでも統計で証明されているようです。イギリス人の性生活よりフランス人の性生活の頻度が高いそうです。

また、ロマンティック!?そうですね。まわりのフランス人カップルを見るとそうです。
残念ながらうちの旦那様はイギリス人より、日本人より、ロマンティックではありません。

10.フランス人は英語を話さない

パリを観光すると英語を話さないフランス人が多いように感じます。
でも、パリに住む私の友人はみな英語を話し、イギリスに興味がある人が多かったです。

「英語を話さないフランス人」というイメージは、観光地やメトロ、カフェの定員の対応に対して感じることが多いようです。

私が一度、パリの友人との待ち合わせ場所を完全に間違ってスラム街に迷いこんだとき。
周りは目つき鋭く、鬱蒼とした雰囲気。明らかに華やかなイメージのパリとは違います。
スーツケースを持って駅に立ちすくむわたしを見て「ニーハオ!」と叫び行き交う車。恐怖の数分。
私を助けてくれたのは、スラム街に住む黒人の年配の女性。呆然と立つ私に「どうしたの?」と英語で話しかけてくれました。ここは危ないからと一緒に地下鉄に乗り、本当の待ち合わせ場所まで連れて行ってくれました。彼女は英語を独学で勉強していて、片言の英語の私と、片言の英語の彼女と、いろんな話をしたのを覚えています。

英語を話さない、のは英語を話す必要がないからでは?
英語に興味があり、勉強しているフランス人、英語が話せるフランス人も多いのです。

11.フランス女性は太らない、そして美しくおしゃれ!

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これは、確かにそうかもしれません。

私がイメージする美しい女優たち。ブリジット・バルドー(Brigitte Bardot)にMarion Cotillard(マリオン・コティヤール)、Eva Green(エバ・グリーン)、Melanie Laurent(メラニー・ロラン)。ああ!すべてフランス人です。

フランス人女性たちが持つ、コケッティッッシュでまろやかで甘く、そして強い雰囲気。

ファッションも、イギリス人女性のような下着のまるだしルック、ジーンズにトレーナー・スニーカー姿の女性を見たことがありません。

フランスの田舎であっても、年齢に関係なくホームパーティにはドレスにジュエリー、ヒールの靴でおしゃれをしています。美容に関心が高く、すべての男性にとって魅力的であるのは女性の特権であると考えるフランス人女性達。

イギリス人女性の関心は、より自然に寄り添い、自己の表現に向いていると私は感じます。

フランス人女性のつま先からてっぺんまでの美しい完璧な装いに見惚れることも多い。
イギリスを歩いていて、「美しい」と見惚れるほどのイギリス人にはなかなか出会いません。
「世界中でフランス人女性がモテるのは、当然かな、、」と思いつつパリの街を歩く私です。(Devon風のジーンズにスニーカー姿で!!)

12.フランス人は失礼です

フランス人は失礼だ、無礼だ、と言う多くはイギリス人がフランスを観光した時に感じるようです。特にパリ観光で感じるのでパリ症候群と言われます。

また、フランスとパリは別物また、フランス人でさえパリ人は失礼だと思っているフシがあります。

これは、必ずしも実際のネイティブのパリジャンについてではなく、パリにいる他の移民たちのマナーもいっしょくたにして、パリは失礼だということになっているのかもしれません。

13.フランス人は臭い。。

これは2つの理由があるようです。
1つは、ブルーチーズに代表される(日本人も苦手な人が多いんですが、私は大好き)、濃厚なブルーチーズを彷彿とさせる強烈な香りのイメージ。
2つ目は、フランス人はお風呂に入らないというステレオタイプのイメージ。

これはどうでしょう??
私が知っているフランス人は毎日シャワーを浴びるし、それをいうなら私の印象ではイギリス人のほうがお風呂に入らない人が多い。
フランスのシャンプーやサボンは質が良いものが多く、フランス人の多くが香水、消臭剤を使用しています。

私の考えでは、フランスの夏はイギリスより熱く、特に夏には汗をかきます。これに対しイギリスは平均気温が低く感想していて汗をかくことが少ない。そしてフランスには空調設備が整っていないため、特に地下鉄や電車、バスなどの締め切られた場所で、この問題が発生しているのかもしれません。

でも、まぁ、フランスに限らず欧米人の体臭は強いです。

14.フランス人は議論好き

これは、わたしも大賛成。

とにかくよく話します。ずーーーと話しています。
私は家では静かにしていたいし、英語でずっと話すと頭痛がする始末なので多くの会話を望んでいません。しかし、フランス人夫は違います。
なぜそのような行動をしたのか、なぜそう考えるのか、何時にディナーなのか、なぜその時間なのか、大きいことから小さいことまでことごとく理由をつけ話したがります。
そして、自己主張が強く、素直に誤らず、プライドが高いので常に上から目線です。自分の優位性がすべてです。

これって、どうでもいいことだよね。。。?
最後には「静かにして!だまって!」と言ってしまう私です。

15.フランス語は難しい

イギリスでは、学校の第二言語選択が必須です。
学校によって第二言語が決まっている場合も多いのですが、昔から現在まで最も人気が高いのは「フランス語」です。
なので、多くのイギリス人がフランス語を勉強したことがあります。

しかし、単語や挨拶言葉は知っている人が多いものの、フランス語を流暢に話せるイギリス人は少数です。(日本の英語みたい)

英語が世界共通語といわれる中、イギリス人は他の言語に興味が薄い。
「フランス語ってむずかしいよね!」

まとめ

第二次世界大戦中にイギリスの首相となり、英国を勝利に導いたとされるウィンストン・チャーチルの言葉で面白いものがあったので紹介します。

In England, everything is permitted, except what’s prohibited.
In Germany, everything is prohibited, except what’s permitted.
In France, everything is permitted, even what’s prohibited.
In the USSR, everything is prohibited, even what’s permitted.イングランドでは、禁止されているものを除き、すべてが許可されています。
ドイツでは、許可されているものを除き、すべてが禁止されています。
フランスでは、禁止されていることさえすべてが許可されています。
ソ連では、許可されているものすべてが禁止されています。

今回のテーマ「イギリス人はフランス人をどう思っているか?15項目」をまとめてみてわかったことは、イギリス人とフランス人は、歴史の中の紛争を忘れておらず、お互い気になるもの同士であり、互いに嫉妬している部分もあるし、尊敬している部分、いやな部分もある。また、EU内の立場や、両国ともヨーロッパ経済大国ということでライバル意識もあるということ。

しかし、フランスはイギリスにとって一番の観光地であり、老後選ぶ人気の移住先No.1でもあります。
ユーロトンネルでつながり、飛行機も各地から行き来しています。フランス産のワインとチーズはイギリスでは高級品だし、食事の美味しさも定評があります。

指導者や文化人、知識人の間ではお互い尊敬しているようです。お互いをあまり知らないイギリス人、フランス人の間で警戒心が少なからずあるようです。

フランスはイギリスを【田舎(ノルマンジー)の果て(=イングランド)に住む野暮な連中】と馬鹿にし、イギリスはフランスを【華美ばかりを求め実用を軽んじる軟弱者】と馬鹿にする傾向は確かにあるようですが、それも紛争の歴史とお互いのステレオタイプのイメージから続いていること。

まとめてみて、新しい発見があり、楽しい記事作成でした。

次は、フランス人がイギリス人をどう思っているのか?
イギリス人は日本人をどう思っているのか?
また、日本人の目からみたイギリスについても考察してみたいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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コメント

  1. 恭子 より:

    管理人さん💕🌙😃❗🌙😃❗🌙😃❗🌙😃❗🌙😃❗🌙😃❗確か、紳士の国は、おフランスだったと記憶しているんだけど、WHY❔❗生粋のパリジャンのfashionって雑誌から出てきた様な小粋で洗練されて白色人種のエリート&成熟した文化で合理的な精神を持っている&Latinのhandsomeって言われているのも納得です💕